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2011年3月11日のこと。

2011/03/17(木)



2011年3月11日14時46分ごろ、東日本大震災発生。

何となくな揺れを感じたあと、強い横揺れ。急いでガスを止める。
まわりの壁からは歪む嫌な音がする。
今までにない大きな揺れ。震度5、。

幸いにも来客数は少なく、応接会議室利用者も少ない。
事務所からの指示が何もないまま、各部屋をまわり被害状況とお客さまに声かけ。

脳内は半分パニック、家族の安否が気になって仕方ない。
それでも仕事をしなくっちゃならない、なんてこと。

携帯も電話は繋がらないし、メールも届いていない様子。
何度も何度も繰り返し合間を見てはかけ続け、ようやく小学校に繋がる。
息子は一斉集団下校、娘は既に下校した後だった。

兎に角いつかは繋がるであろうメールに願いを託し、
わたし自身の安否や状況を報せる。

仕事中であろう、夫から電話が来る。
地震直後から実家やわたしに連絡を取り続けていてくれた様子で
子供たちも無事に実家に帰宅していることを報せてくれた。ありがとう。

帰宅手段の電車はすべてストップ。そんなときに職場の先輩が真っ先に「うちにおいで」と
声をかけてくれた。本当に本当に嬉しかった。

職場にテレビなどがなかったので実際の被災地がどんな姿になっているのか
さっぱりわからないまま、部屋が温まった先輩の自宅に向かった。

悪夢のような景色がテレビの向こうに広がっていた。
わたしたちと同じように、海が寄り添う町での大惨事。
夫の働いているすぐ近くの風景も、映像の中ではいつもの風景とは違い、人々の悲鳴が飛び交っていた。

夜、ようやく実家と連絡がとれ、子供たちと話すことが出来た。

次の日、朝早く出発し、まだダイヤも乱れている電車に素早く乗り込み自宅に戻る。
いつもの風景が、いつものように見えてどこか嘘ぶいているような、不思議な感覚。
まるでパラレルワールド。

友人たちから心配のメールが届いた、ありがとう。
友人たちの無事のメールが届いた、ありがとう。

何よりも無事で居てくれてありがとう。
わたしたちは、わたしたちの出来ることから頑張ろう。

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